最近のこと

最近思ったこと

私はめちゃくちゃ水戸が嫌い

 

炎上商法のような導入だ。

 

 

 

 

それでも私はめちゃくちゃ水戸が嫌いです。丁寧にです、をつけたので、昔から住んでる水戸ラブの人、許して。だけど本当に嫌い。住み始めて5年目だけど。

1番の要因は、微妙に田舎のところ。どうせ県庁所在地ならしっかり都会であって欲しい。せめて宇都宮のように。

というか田舎なら自然が豊富にあれよ。振り返れば山があれよ。見渡せば広大な田んぼが広がってろよ。そこらじゅう。

 

そんな風景もないのくせに、昔から住んでる人たちは言う。「水戸では車がないとね笑。生活できないよね笑」

2番目の要因は、この微妙な田舎の地に昔から住んでる人たち。特にお年寄り。ひどい。

水戸では車がないとね?はぁ?通勤で特別遠いところに行く必要がないなら、車なんかなくたって生活できる。自転車で5分のコンビニ。自転車で10分のスーパー。自転車で30分の駅。駅に向かうバスは10分〜20分に一本。水戸市街なら。

ふざけやがって。田舎のバスは数時間に一本で、コンビニは車で10分、スーパーは車で30分だ。車で30分のスーパーに行くとしても、信号はたったの5本。(しかも家から出て5キロは経たないと信号は現れない。)

水戸市民。特に市街地の民。みんな自転車に乗れ。年寄りは特に。人を轢く前に返上して自転車に乗れ。あと横断歩道を歩行者が歩いているのに突っ込んでくるな。

そこも腹立たしい。水戸市民は余所者に対して「茨城は運転荒いって本当なの?」っていう話をフッてくるけど(これは茨城県民各地に共通するかもしれない)、逆にあんなマッドマックスみたいな(見た事ないけど)道路状況を普通だと思える方がどうかしてる。前述の、横断歩道を歩いているときに車が突っ込んできて、轢かれそうになったこと、私は住んで5年目でもう何度もあった。県のマークがついてる車にもあった。県の代表がそんな運転をするくらいなんだ、もうダメだ。おしまいだ。

せめてその異常を、私たちにはそれが普通だからで片付けないでくれ。そのドヤ顔で、何人の歩行者を危ない目に合わせてきたんだ。バカたれが。

 

こう色々要因を挙げると3つも4つも5つも、無限に出てくる。気がする。他人の粗探しは得意。なぜなら他人が気になるから。

そういうわけで、私はずっと水戸が嫌いだった。大学生活は楽しかった。出会う人々、起きる事事、大変も楽しいも引っ括めて自慢できる大学生活だった。

その大学生活で唯一引っかかっていたのは、水戸という場所。微妙な田舎、おかしい人々、特に年寄り。御三家の地、プライドが高い。何百年前の話やねん。もうこの場所に、昔の権威は残っていない。あるのは梅だけ。梅はきれい。

 

 

 

 

そう思ってた。でもそれは、そのようで実は違っていたことに気づけた。

 

 

 

水戸嫌いに比例して、私は地元の那須塩原がめちゃくちゃ大好きだ。

地元に帰るたびにもう2度と他の場所には出たくなくなる。

家の周りには、当然のように山があり川が流れ、田んぼには蛙がいる。今の時期は蛙がいつも鳴いている。夜は特にうるさい。

車通りは少ない。から、そもそも車で危ないことになることもない。それが、真の田舎なのである。

日々の買い物は不便かもしれない、ただそれはすなわち、買い物だらけの生活に縛られることはないということを意味する。

住んでる人も、良い。近所の人は生活が長閑だから、表立って険悪さを出す事はない。噂話は好きでも。性格が合わない人はいても。

 

 

 

だけど、私が那須塩原を好きなのは、それが一番の要因じゃない。

なぜ那須塩原が好きか、それは実家があるからだ。

 

 

家に帰ると父と母と祖母と、牛と犬がいる。今は知らない猫も。

家は無条件に私を愛してくれる。犬でさえも、私を歓迎してくれる。

私を、この何もない私を、プライドだけは高い私を、捻くれ、怒られることを極端に嫌う私を。実家では、父や母や祖母が、心配しアドバイスをくれ、好きなものを作ってくれる。

 

 

水戸には、そんな実家がない。愛してくれる人はいても、那須塩原に数で負ける。

水戸で私は、非常に孤独だ。それを感じていた。ずっと。大学に入ってから、友達のいない私は孤独だと気付いた。友達がいないことは実家でも同じだったのに、水戸に来て気付いたのは、家族の愛が日常からなくなってしまったから。

 

 

そこで私は気付く。そもそも私は、自分自身のことを、愛しているのかと。

 

 

 

 

 

ってようやく気付けました!ぱんぱかぱーん!今まで私は、自己愛の塊だと思っていた。傷つきたくないから行動に起こさないし、怠惰な私のままでいるのは、自分自身を甘やかしているから。

でもそれは、本当の自己愛じゃない。なぜなら私は行動を起こさなかったことを後悔し、怠惰な自分を責め落ち込むから。甘やかしは自傷と同じで、結局自分のためにはならない。

水戸が嫌いなのも、場所の問題云々ではない。自分を愛してくれる人がいないから嫌いと思っていた、きっとそれが根本だ。でもさ、自分が自分のこと好きでいれたなら、それを土地のせいにすることはないよね?

 

 

 

というわけで長々と水戸の嫌いなところを綴りましたが、それって自分のことをちゃんと愛してないだけだよね?自分のことを愛してくれる人がいないから水戸が嫌いなだけだよね?っていう結論になりました。ごめんね水戸市民。でもね、運転は本当に悔い改めて。こっちは死にかけてるから。

 

 

 

はーすっきりした!モヤがはれた!よし、これからは自分を好きになれるように頑張ります。私が私を愛してあげなくてどうする!やるぞー!

手始めに言いますが、今の仕事全然あってない!私にはあわねー!私はものやイベントを創って金が貰いたいんじゃー!ものを売ってではない!

 

はぁー就活失敗した!でも間違いじゃない。間違いなんかない。自分を好きになる必要性に気づけたから悪くない。合わない仕事でミスしてもくよくよしない。開き直る訳じゃなく、ダメだった部分を客観的に見つめられるようにしよう。

そして何より、人生は他の人間の評価で左右されない。だから気にしない。

 

 

はぁ良かった、今とってもスッキリしてます、私!それもこれも田中圭一先生の『うつヌケ』を読んだからです。出会えて良かった、本当に、心のそこから良かった。

 

 

そして一個前の記事の私、正しい道はあるけれど、間違いの道はない。失敗はあっても間違いじゃない。し、言ってしまえば歩いてきた道が正解!それが正しいんだから、気負いすぎない。

 

 

 

 

 

はーよっしゃ。お風呂入ってこよ。